地下鉄「東大前」を降りて、東京大学に通じる大通りに面して、介護付有料老人ホーム「トラストガーデン本郷」の大きな建物が目に入ります。1階には明るい雰囲気のレストランがあり、外部の方も利用できます。窓際には高齢の女性が穏やかな微笑をたたえて座っているのが見えます。入口を入ると大きなグランドピアノ。落ち着いたたたずまいのなかにも、高級感が漂います。

トラストガーデン本郷は、都心の文教地区にあり、手厚い人員配置と24時間看護体制、という手厚さも特徴的ですが、今回は、「口腔ケア」に非常に熱心な取り組みをされているという点にフォーカスしてご紹介したいと思います。口腔ケアの大切さについては、シニアホームなび の特集記事で2回にわたり、歯科医師へのインタビューを掲載していますのでぜひ併せてお読みください。

「歯科衛生士常勤」ならではの口腔ケア・口腔体操

トラストガーデン本郷では、歯科衛生士を機能訓練の組織のなかで常勤させています。介護付有料老人ホームとしては珍しいことです。その経緯を支配人の武内様に伺いました。

『当ホームで歯科衛生士として勤務している者は、当初は介護職で入ってきました。歯科衛生士は、介護付有料老人ホームで配置基準は無いのですが、彼女が口腔ケアに非常に熱心だったこともあり、歯科衛生士としてご入居者やスタッフへのアドバイスを頑張ってみないかと話したら、本人もぜひやりたいといったところから始まりました。』

『活動としては、週2回、口腔体操をやっています。当初は週1回だったのですが、非常に好評で、ご入居者から回数を増やしてほしいという話が多くなりました。本人もがんばりたいとのことでしたので、いまは増やしています』

『口腔体操の日は、嚥下に特化して体操をやっています。大きな声を出したり、ですね。しっかり口が閉じられないと嚥下が進まなくなりますので、そういう訓練を行っています。25分~30分くらいを一コマで、各フロアに分かれてやるので、だいたい20~25名ずつ参加しています。出席率はかなり良いです。』

『当ホームの歯科衛生士は、日本老年歯科学会の認定歯科衛生士です。この資格を取得するには条件が厳しいそうです。学会などにも継続的に参加、大変熱心にやっています。新しい情報を取り入れて、介護のほうに共有してくれています。かれこれ5、6年になりますが、皆様から喜ばれています。施設で最期を迎えられたご入居者ご家族から、きめ細かい口腔ケアに感謝の言葉も頂きます。口腔内(義歯や歯肉等)に問題がある方は、積極的に訪問歯科や大学病院歯科との連携や紹介も行っております。そういうつながりも非常に効果的です。』

--口腔体操だけでなく、こちらのイベントスケジュールは驚くほど音楽系のアクティビティが多いですね。

『音楽療法は、いわゆる音楽療法の資格を持った先生をお迎えしてやっております。口腔体操同様に、お腹から大きな声を出す。楽器等を使って手を動かし頭を使うといった複雑な動きにチャレンジされています。みなさん、歌がとても好きですので、少し難しい事でも積極的に取組まれているよう感じております。』

意味を理解し、自分のために行う口腔体操

週2回実施している口腔体操を実際に見学させていただきましたので、少しご紹介しましょう。

時間になると、車いすの方や歩行の方、20人くらいのご入居者がフロアに集合し、歩行の方は椅子に腰かけます。
歯科衛生士の方が、まずは大きな声で挨拶。その日は雨模様でしたが、こんなふうに始まります。
『今日はあいにくの雨ですが、外が見えるようにカーテンを大きく開けましたよ。雨の日は湿っていてなんとなく床がつっかかるような感じがいたします。ですから、足元に気を付けてくださいね。では、今日は・・え~っと、3月何日だったでしょう・・?』
ご入居者が勢いよく『21日!』と答え、約25分間の口腔体操の始まりです。
口腔、といっても、まずは足上げや足踏み、自分で腿や足首をさするなどの動きを行います。同時に「ぐるぐる、ぐるぐる」などと声を出します。
『そうです。ちょっとでも手の力を使うことで、筋肉が鍛えられます』

この口腔体操全体を通じて気づくのは、このように一つ一つの動きについて、このように「なぜそれをやるのか、どんな効果があるのか」を都度解説している点です。
腰をさする、肩を回す、頭の両サイドをマッサージ、そして耳の下から顎にかけて、とマッサージの手を移動させ、さらに、口の周囲、舌の運動。ゆっくり唾を飲み込みます。
『唾液は若返りのホルモンなのです。皆様こうやって鍛えていれば唾液の分泌も大丈夫ですよ。』
ひととおり、口腔まわりのマッサージを終えると、早口言葉です。
『なっとう・そらまめ・ピーナッツ!』このような早口言葉を数回、徐々にスピードを上げてきます。
『ヨーグルトやババロアなどは、歯で食べてはいないんです。舌を上あごにつけて食べますよね。だから、この動きが大切なのです』
早口言葉の次は、誰もが知っている歌をパピプペポで歌います。
『お茶を飲むときに、啜りますよね。だからこの動きは、唇でしっかりキャッチできるようにするためです』

体操に参加されている方は真剣そのもの。その理由は、もちろん、歯科衛生士の方が非常に熱心でエネルギッシュなこともありますが、それだけでなく、
・「自分のために、自分の力でできることをやる」というスタンスを維持する
・ひとつひとつの動きの“意味”を、深い専門知識に根差しつつも、わかりやすく簡単に、その都度説明し、納得してもらう
ということなのではないでしょうか。

現場の経験を活かし、きちんとご説明

支配人の武内様は鍼灸あん摩マッサージ指圧師の資格を持ち、機能訓練指導員として現場に従事しておられ、一昨年、支配人に就任されました。ご入居される方、ご家族とのコミュニケーションについて伺いました。

『自分は現場から上がった人間なので、現場の大変さを理解しているつもりです。それを今の立場で活かしたいと思っています。たとえば、ご入居されてから、「聞いたことと違う」とお客様から言われるのは、現場の職員としても辛いのです。ですから、ご入居前後で大きく乖離しないよう、現状についてきちんと説明するようにしています。個別対応ご要望について、“出来ること”“出来ないこと”を整理してご返答させて頂いております。ご要望にお答えできない場合でも、その他のサービスについては、“ご期待下さい”とお話させて頂いております。』

『見守りの人数は、ご家族もとても気にされるところです。
こちらでは介護職は国の基準の倍の人数を配置していますが、さらに、介護支援スタッフという職務の人員も配置して、連絡体制を密にしています。 介護職は、“インカム”(無線)を付けています。常に仲間の声が入り、連携が取りやすい環境になっています。昼間はフロアごと、夜間は全フロアで周波数を合わせています。夜に緊急搬送などがあったときにも、違うフロアであっても全員が把握しているようにするためです。トラストガーデンでは全施設がこの仕組みを採用しています。』

---そのほか、ご家族への定期的な発信はどのようなものがありますか。

『トラストガーデンでは、「暮らしのおたより」を3か月に1回、介護・看護の方でお送りしています。ふつう、老人ホームから連絡があるときというのは、骨折した、入院したとかいうときばかりですよね。ご家族は、施設から連絡が来るとドキっとしてしまう。
それとは違って、「暮らしのおたより」は、日ごろのご様子を介護・看護の目線でお伝えするようにしています。自分が家族だったらどういうことを知りたいのかを考えて書いてもらっています。これはトラストガーデン全施設で始まっています。』

<取材を終えて>
口腔体操は、つい自分も口を動かしてしまうくらい、大変内容の濃いものでした。これを継続することは相当なエネルギーが必要なはず。ご入居者のために全力で仕事をしている姿は清々しく、かく優しく温かい、そんな印象を抱いた取材でした。

この記事の筆者

荻野 百合子

シニアホームなび 運営事務局